英語の多動力 by 堀江貴文[書評#3] 英語でも何でも、心の蓋を外して「できる理由」 から考える

堀江貴文氏の新刊、「英語の多動力」をさっそく読んでみた。僕はすでに英語は普段から使っているし、アメリカ生活も長いけど、堀江氏がどのような切り口で英語と多動力について語るのかが気になり、手にとってみた。今回はその書評3回目。1回目2回目はこちら。内容が僕の経験・世界観と似ており一回で書評を完結させるのはもったいないので全4章、各章に分けてみた。

Trial and Error

英語の先生や講師が生徒である自分を理想へと導いてくれるという受動的な考え方は捨てよう。英語の学習はビジネスと同じで、Trial and Errorを繰り返し、うまくいくまでいろいろやり続けるしかない。僕も英語を勉強するとき、今でも勉強し続けてるが、あらゆる方法を自分で試してきた。ラジオを英語で聞いたり、誰でもいいから外国人と話してみたり。ちなみに、英語を話す環境を作るという意味では、ネイティブスピーカーにこだわる必要は全くない。日本語を話さないような人なら誰でもいいと思う。イラン人でもスペイン人でも。

普通とは違うことをやってみる

英語はもとより、人生の成功の秘訣は、普通とは違うことをあえてやってみることだ。いつもと違う時間を使うことにより、入ってくる情報の質が変わり、良質な刺激を得られる。どんどん非日常的な体験をしていこう。海外旅行、英会話、外国人が集まるレストラン、どこでもいいので英語に触れる環境に身をおいてみる。

発言しないことはNG

今の時代、発音が悪いからとか単語が中学レベルだからとか言って英語を話すのが恥ずかしいというのはNGだ。海外では、話せないことよりも話さないことのほうが恥ずかしいとされている。

「あなたがここにいた意味はなんですか?」

「Say something! 何か言ってください!」

「ああ、いたんですか。何も言わなかったから気が付かなかった」

こんなことを外国人に平気で言われたらどうします?答えは簡単。自身の英語力に関係なく、勇気を持って話せばいいのです。もし外国人や周りにいる日本人も含め、あなたの英語をバカにするようなら、そんなレベルの方々と付き合う必要はないのです。

知らないことが恥ずかしいという人は英語に限らず、何をしても上達しない。自分が「バカ」であることを知ることは強いこと、そしてどんどん能力を伸ばしていくのです。

「英語が苦手」はあり得ない

世界を見渡せば、アジアでも中東でもヨーロッパでも、英語圏じゃなくても、ほとんどが英語。日本ももはや例外ではない。工事現場で交通整理をしているおじさんでさえ、外国人観光客にふつうに英語で道を聞かれる時代なのだ。こんな時代に、英語を避けて生きようとする考え方はもうあり得ない。英語を避けるというマインドセットは必要なく、ただの言葉だからよくつかうフレーズとか単語をそのまま覚えて使ってしまえばいい。僕も実際、ニューヨーク州司法試験も英語の壁とかまったく存在しないものだと考え、試験に出てくるフレーズと単語をそのまま英語で覚えて英語でアウトプットして合格できた。

「できない理由」を先に考えるな

突き抜けられる人と、そうでない人の違い、それは物事を「できない理由」からかんがえるのか、それとも「できる理由」から考えるのか。能力の差ではなく、意識の差なのだ。自分の中にあるビリーフ、すなわち「どうせできない」という心の蓋を外さなければいけない。何かを頼まれたらなんでもとりあえず「できます」と言って、そこから「できる理由」を考える。それだけで人生変わります。僕は大学を卒業してすぐアメリカに行ったけど、行動しながら「できる理由」を探して実行してきた。そしてそのプロセスを楽しむようにしなければいけない。英語の勉強も努力も「我慢」ではなく、「ワクワク」に。そういうマインドセットを持てる人は強く、物事に成功している。